正直に告白します。私、言葉の世界がずっと苦手でした。
いつもブログを読んでくださり、ありがとうございます。
今日は、皆さんに、私の秘密を一つだけお話しさせてください。
…実は私、文章を書くのがずっと苦手で、今でも少しだけ怖いんです。
私の原点は、言葉のない世界にありました。
幼い頃から夢中になったのは、サッカー、野球、バレーボール。阿吽の呼吸でパスを繋ぎ、視線だけで意図を伝え合う。そんな団体競技のノンバーバルなコミュニケーションが、何よりも好きだったんです。「言わなくても伝わる」、その美しい世界が、私の故郷でした。
そんな私が、なぜ今、こうして言葉を紡ぎ、ブログを書き続けているのか。
今日は、その理由について、正直にお話ししたいと思います。
私の足を止める「2つの怖さ」の正体
私がキーボードの前で動けなくなるのには、いつも「2つの怖さ」が潜んでいます。
- ① 間違えるのが怖い:「ちゃんと」の呪い
一つ目の怖さは、「間違った情報を流してしまったらどうしよう」という不安です。Webの世界は広く、私の知識はまだ浅い。私の未熟な言葉が、誰かを間違った方向へ導いてしまったら…そう考えると、指が止まってしまいます。 - ② 傷つけるのが怖い:過去の痛みというナイフ
もう一つの怖さは、「私の言葉が、誰かを傷つけてしまったらどうしよう」という不安です。
なぜなら、かつての私は、自分の感情を優先するあまり、思いやりのない言葉で、大切な人を深く傷つけてしまった経験があるからです。
言葉は、時にナイフになる。その痛みを、私は知っています。だからこそ、キーボードを叩く手が、今でも少しだけ震えるのです。
それでも、私を突き動かす「希望の光景」
そんな私の背中を押してくれるのは、awabotaで見た、ある「光景」です。
それは、80代の会員さんが、目をキラキラさせながら、Web5という新しい世界の扉を、楽しそうに開けている姿でした。
そして、その挑戦を支える、awabotaの温かい空気。「難しいことを、難しいまま言わない」。どんな初心者の質問にも、優しく、分かるまで付き合ってくれる仲間たちの姿です。
この光景を見た時、私はただ、こう思いました。
**「この希望を、この温かさを、まだ知らない誰かに、届けたい!」**と。
「届けなければならない」という使命感じゃない。ただ、心の底から湧き上がってくる、止められない衝動でした。
私の役割は「完璧な学者」ではなく「正直な灯台守」
この時、私は自分の役割をはっきりと理解しました。
私の役割は、全てを知り尽くした「完璧な学者」になることではありません。
私の役割は、**「正直な灯台守」**であること。
私自身がまだ航海の途中にいるからこそ、同じように不安な夜の海にいる人の気持ちがわかる。
「私も怖いけど、あっちに光が見えるよ!一緒に進んでみない?」
と、不完全なまま、正直に叫び続けること。
それこそが、今の私にできる、たった一つのことなのだと。
この先に広がる、ワクワクする未来の景色を、私だけが知っているのは、あまりにもったいないと思っています。
この投稿を目にして、
もし、あなたが何かを感じてくれたなら。
もし、awabotaという新しい世界を知りたいと思ってくれたなら。
いつでも、この光を目指して、港に立ち寄ってみてください。

【合わせて読みたい】
私がawabotaで学んでいる「ワクワクする未来」の具体的なお話はこちらの記事でも触れています。
もう「すごい経歴」はいらない。Web5時代の「信頼」は、ゲームのように楽しみながら育てるもの
👇

私は、日々の暮らしの中に隠された、小さな光を見つけるのが好きです。
畑の土の匂い、星々の静かな対話、誰かとの温かい言葉のやり取り。
そんな、ささやかだけれど確かな希望を、言葉にして紡いでいます。
今はawabotaというコミュニティで、Web5という新しいテクノロジーと融合させながら、さらに深く学んでいるところです。
私たちの「好き」や「活動」そのものが、未来の豊かさに繋がっていく。
そんな、ワクワクする未来への扉を、あなたも一緒に開いてみませんか?


コメント